マンションの駐車場問題(7)「駐車場の増設」
前回も書きましたが、マンションにおいては駐車場を敷地内に確保できるか否かによって、利便性が大きく異なります。
マンションはその構造上、一戸建てと比べて1階の入口から自分の居室まので移動距離が長くなるため、多くの場合駐車場はなるべく近くに確保したいという心理が働きます。
マンションの共有資産である駐車場の利用を公平に運用するために、敷地内に余裕があるマンションでは、駐車場の増設を検討する管理組合も少なくありません。
また、近年では機械式立体駐車場なども普及してきていますので、狭い敷地を有効活用することも可能です。
駐車場の増設を実現するには、色々な問題を解決しなければならず、決して簡単な作業ではありません。
一般的な手順は以下のとおりです。
①駐車場増設を求める住民の意見集約
②総会、理事会等で駐車場増設の進め方等を協議
③専門委員会の設置
④アンケートによる実態、意向調査の実施
⑤駐車場増設案の提示、検討(説明会の開催等)
⑥途中段階での住民意向等アンケート調査(事前の票読み)
⑦総会決議
⑧増設工事の発注、完成
⑨使用者の決定
さて、上記手順の他にも実際には色々な手続が必要と思われます。
例えば、⑥のアンケートの結果によっては計画の見直しや一部修正が必要なこともあるでしょうし、増設工事の「発注先をどのようにして決めるのか?」と言った部分でも、協議に時間がかかる場合があります。
このような手順の中で最も重要なものの一つに「増設する駐車場に近い住民の同意」があります。
マンションを購入する場合、価額をはじめとする様々な条件を勘案した上で購入を決めているわけですから、既存の駐車場に近い居室を購入する人は、ある程度の車の騒音などは覚悟の上でしょう。
しかし、新たに駐車場を増設するとなると、その増設場所に近い住民の同意を取り付けることは簡単ではありません。駐車場の増設は、増設付近の住民にとっては「不利益変更」の要素が強いからです。
増設場所の近くに住む人は排気ガスや夜間の照明、騒音、早朝のアイドリング等の被害を考えて反対する場合があります。
また、樹木を伐採したり花壇を撤去する必要があるような場合は、増設付近の住民以外からも反対されることがあるでしょう。特に車を所有しない人や環境を重視する人であれば尚更です。
考えて見れば、車を所有していない人にとって駐車場の増設などは、あまり歓迎する施策ではありません。
まあ、駐車場の増設による利用収入増で修繕積立金が多少増えるかもしれませんが、そんな事よりも、マンションの環境保全の方が重要でしょうから。
【判例】
駐車場増設工事に伴う判例としては、昭和63年の横浜地裁のものがあります。
区分所有法の第17条第2項には
「共用部分の変更が専有部分の使用者に特別の影響を及ぼすべきときは、その専有部分の所有者の承諾を得なければならない」
という規定があります。
区分所有者全員のための共用部分の変更とは言え、一部の区分所有者にのみ特別の不利益を生ずるような場合は、ちゃんと承諾を得なければならないというものです。
この規定は非常に重要なものですから、是非憶えておいて下さい。
この横浜の裁判では住民の一部が、駐車場の増設工事が
「専有部分の使用者に特別の影響を与える」ことになるとして、工事禁止の仮処分を申請しました。
仮処分というのは裁判での最終決定を待っていたのでは、回復しがたい損害が発生する危険があるような場合、とりあえず暫定的にある行為を中断させる法律上の行為です。
今回の場合は裁判で駐車場の増設について「専有部分の使用者に特別の影響を与える」ということが認められたとしても、裁判が決着するまでには長い期間を要し、その間に駐車場が増設されてしまうと、今度は撤去させることが困難となるので、工事禁止の仮処分の申請したものです。
余談ですが、この仮処分というのは色々な使い方があり、ライブドアがニッポン放送の新株予約権の発行差止めを求める仮処分を申請したことは記憶に新しいところです。
その他にも、例えば騙し取られた土地の返還を求める裁判をしていて、せっかく裁判に勝っても、その間に転売されてしまうと手元に戻らないことになるので、このような場合には「処分禁止の仮処分」と言うものを申請して、まずは相手が転売することを封じておくことが訴訟での戦術でのセオリーです。
さて、話しを戻しますがこの横浜地裁の決定は、
「区分所有法第17条第2項の規定は、共用部分の変更の必要性、有用性と特別の影響を受ける区分所有者の不利益とを比べて、受忍限度を超える不利益を想定しているが、今回の駐車場増設では有用性は認められるが、訴えた区分所有者の受忍限度を超えるような環境の悪化や騒音が生じるものとは認めがたい」として、仮処分の申請を却下しました。
(その後の高裁も同様に申請を棄却しました)
このように、駐車場の増設が裁判となった場合、駐車場増設による有用性と、不利益の受忍限度のバランスということになりますので、有用性の部分については慎重に検討が必要でしょう。